3年目の世界文学全集への挑戦

40代既婚の男がふと思い立って世界文学全集に挑んでいます

未開の地の人

 『白鯨』の主人公は、期せずして同じベッドで寝ることになった同室の客の行動に驚きます。
 この同室の人物は、いわゆる未開の地の人として描かれていますが、この作品の背景になった時代に、実際にそういう人たちが米国にいたのでしょうか。それとも、筆者の創作でしょうか。
 米国でも捕鯨をしていた時代に、そのような外国の人たちは捕鯨船の貴重な戦力だったかもしれません。

同宿人

 『白鯨』の主人公は、しかたなしに見知らぬ人と同宿することになります。
 今日読んだ箇所では、主人公は先に横になっていて、同宿人が後から夜遅くに現れます。
 この同宿人は、普通にいそうなアメリカ人ではなく、外国人のようです。偶像を拝んだりする様子が描かれていますし、凶器になるものを持っていますし、かなり恐ろしいと思います。

宿屋の場面

 『白鯨』の今読んでいるあたりでは、しばらく主人公(やはり「わたし」と称している語り手が主人公なのでしょう)が滞在している宿屋を舞台にした記述が続いています。
 最近読んだ『城』にも宿屋の場面があったことを思い出しました。初めて行った地で訪れる宿屋には、わからないことがたくさんあり、そしてそこに集まる人たちと長い時間にわたってそばにいることになります。そのため、何が起こるか予想がつかない場面設定として効果的である気がします。

洒落のきいた話

 『白鯨』はひとつひとつの章が短めで、テンポよく話が進みます。そして、洒落のきいた表現がところどころに出てきます。
 新潮文庫に収録されている田中西二郎氏の訳によるものを読んでいますが、こちらは注が充実しています。このブログの主はキリスト教徒であることから聖書に由来する話はある程度わかりますが、そのほかにもギリシャ神話など、さまざまなところから題材が持ってこられていて、注が理解を助けてくれます。

商船から捕鯨船へ

 『白鯨』の語り手が船に乗ろうとするのは、人生をリセットしたいからではなく、それまでも水夫としての経験を重ねてきているようです。
 商船で働いてきたこの人物が捕鯨船で働こうと思った動機は、鯨に心を引かれたからであるようです。現代のように鯨が動いている姿をテレビで見ることができなければなお、人によっては見てみたい気持ちが強くなると思いますが、命がけの行動であるとも思います。

海に出ること

 『白鯨』は「わたし」による一人称の語りの形式で記述されています。読んだことがなくても名前は知っている重要な人物が出てくると思いますので、この語り手が主人公であると判断することはできません。
 語り手が船に乗って海に出ようとするところから話が始まります。客としてではなく乗組員としてだと思います。この作品の背景となっている時代には、現在よりも船旅には危険が伴ったと想像します。そうであっても、船に乗り込んで働くことは、たとえば人生をリセットしたいと考えている人にとってチャンスに見えたのではないかと思います。どういう日々が語り手を待ち受けているでしょうか。

メルヴィル『白鯨』

 メルヴィルの『白鯨』を読み始めました。
 読み始めたといっても、はじめの方は、鯨について書かれた昔の文献の引用が続いています。鯨が多くの文献で取り上げられていることがわかっておもしろいのですが、まだ話の内容には入っていけていません。