3年目の世界文学全集への挑戦

40代既婚の男がふと思い立って世界文学全集に挑んでいます

主人公の登場

 『テス』の今日読んだ箇所に、テスという名の女性が登場しました。題名になっているからには、この人物が主人公なのだと思います。
 冒頭に登場した人物は主人公の父親であることがわかります。前にあった記述が伏線になって、この父親が主人公のそばに姿を現します。最初は主人公ではなく父親が登場することで、その先祖との関わりが紹介されたり、主人公のそばを父親が通るきっかけが示されたりしていて、うまく作られていると思います。

ハーディ『テス』

 今日からハーディの『テス』を読み始めました。
 ハーディの作品を読むのは初めてです。
 原題には「ダーバヴィル家の」を意味する語が含まれていますが、日本での題名はその部分が省かれている場合が多いと考えます。
 冒頭から、そのダーバヴィル家に関する記述が出てきています。偏見かもしれませんが、家柄が重大視されるところにイギリスらしさを感じます。

『マリー・アントワネット』を読み終えました

 『マリー・アントワネット』を読み終えました。
 晩年は、マリー・アントワネットの人生は下り坂を下り続けたような印象です。それとともに、矜持をもって行動するようになったというのでしょうか、振る舞いに一般人には多くは見られないようなものが現れてきました。
 マリー・アントワネットは逆境によって強くなったように見えました。このブログの主は自らを共和派であると考えますが、そのような者にとっても、マリー・アントワネットが示していた矜持に感銘を受けますし、共和派の人々の行動や性質として描かれていたことについて快くなく感じます。

茶番の裁判、そして最後の手紙

 『マリー・アントワネット』を読み進め、結末に近づいてきました。
 マリー・アントワネットを被告とする裁判の様子が描かれていますが、まさに茶番です。結果が決まっていて、聖書に記されているイエス・キリストの裁判と似ていると思います。
 判決を受けた後、マリー・アントワネットは最後の手紙を書きます。それが後の世に残っていたおかげで、全文が引用されています。試練を通して磨かれた心が示されていると思います。

変化

 『マリー・アントワネット』には、王妃であった日々から状況が次第に厳しくなっていく中でマリー・アントワネットが変わっていく様子が描かれています。
 裁判にかけられ、事実でないことに関して訴えられます。そのような中で、革命裁判所での公判において毅然とした態度で弁明をします。
 政治的な立場としては高いところから低いところへと降りていっていますが、その試練といえるような体験を通して強さが外に現れ出てきていると思います。

中途半端

 『マリー・アントワネット』には、権力を失ったマリー・アントワネットを助け出そうとする人たちが登場します。
 そのうちの一人についての記述を今日読みました。この人は良かれと思って助けようとしますが、その行動に中途半端なところがあり、狙いが発覚しないように動くことが必要であるにもかかわらず、人が気づくような原因を作ってしまいます。
 何かをしようとするならば、綿密に計画して、中途半端なところからほころびが生じるようなことを避ける必要があるということについて考えさせられました。

買収

 『マリー・アントワネット』には、人々が買収されている様子が何度か記されています。
 マリー・アントワネットを救い出そうという働きの中で行われていることから、買収されるのは革命によって新たに権力を持つようになった側です。立派な理念を掲げながら、金品によってそれを裏切るような行動をするのも、それが後の世に伝わるのも、恥ずかしいことだと思います。