使用人になった隣人
昨日は主人公の親子関係の薄さについて書きましたが、今日読んだ箇所では、使用人としてとても良い働きをしてくれた年上の隣人との結びつきの強さを感じました。
その隣人が亡くなると主人公は涙を流して悲しみ、使用人としての通常のしかたよりも丁重な葬り方をします。自分が豊かになったのはその人の助けがあったからだという思いがそうさせたのかもしれませんし、単純に仲間として感情的に近いものを感じていたのかもしれません。
人を雇って働いてもらう側になるならば、このような使用人に恵まれるのはとても貴重なことだと思います。このブログの主はそういう側にならなさそうですので、主人公とその隣人のような関係をだれかと築きたければ、この隣人のような忠実な働き手になる必要がありそうです。